今まで順調に学校に行っていた子供が、
突然「学校に行きたくない」と言ってきたら親としては、動揺を隠せません。
無理矢理でも行かせた方がいいのか?
それとも、休ませたほうがいいのか?
無理矢理行かせるにしても、休ませるにしても本当にこれで対応はあっているのか?と不安になりませんか?
ここで親と子どもの関わりはとても重要です。
ここで関わり方を間違えてしまうと、
不登校が長引いたり、親も子どもも疲弊してしまい親子関係も崩れることになりかねません。
私の自身も娘の行き渋りを経験し、現在は2時間の母子登校をしています。
母子登校は継続していますが、朝に行き渋ることがなくなり、私の心にもブレなくなりました。
今では、私も娘も笑顔で過ごせる日が多くなっています。
この記事では、
子どもが「学校を休みたい」と言った時ににブレない親の対応や、行き渋りに対する考え方をまとめて解説します。
この記事を読んだら、子どもに行き渋りがおこっても気持ちがブレることなく、落ち着いて対応ができるようになります。
私が半年間悩んで、たどり着いた考えと経験を凝縮しました。行き渋りに上手く対応できるようになりたいかたは、是非最後まで読んでください♡
「学校に行きたくない」と言われた時に、してはいけないNG対応とは?
ネガティブな感情に蓋をする
子どもが自分自身で、
学校に行きたくない理由を
自己理解することが大切です。
なぜなら、子ども自身も行きたくない理由を理解できていないことがあるからです。
特に、低学年ならなおさらです。
たとえば、こんなことを言っていませんか?
- 今日行ったら明日休みだから頑張りなさい。
- 慣れてないだけだから、大丈夫。
- 〇〇ちゃんなら、できる。頑張ろう。
と、不安な気持ちをかき消してあげようと
子どもの話をよく聞かずに、励まして学校に行かせようとする。
私はしていました。
ネガティブな感情を、聞いてあげず蓋をするように親の感情を言ってしまう。
よくしてしまいますが、そうなってしまうと、自分で自分のことを理解する機会を失ってしまいます。
意外と、自分でも学校に行きたくない理由をわかっていなくて、話すことで自分がなんで行きたくないのか。と気づくこともあり、自分の中の感情を客観的に見つめることができます。
けれど、低学年であれば
うまく言葉にできないこともあると思います。
なので、私は最初は行きたくないっていうことを一緒に共感することからしました。
最初は、行きたくなさそうな空気を感じると本人が口に出す前に、あの手この手を使って気をそらさせていました。
無理矢理テンションあげたり、音楽を流してあげたり、機嫌を取ったり。
イエーイ!みたいな感じで。( `ー´)ノ
けれど、結果は「行きたくない」とグズり頑張った私は腹を立てます。
しかし、共感するようになってからは意外にも一緒に登校できるんです。
行きたくなさそうにしていたら、

行きたくない虫が〇〇ちゃんの心の中にきた?

うん。

そっか。行きたくないんだね。
と、ギュッと抱きしめてあげて、行きたくないと感じることは、悪いことではないよ。だからネガティブな感情を口にしていいんだよ。という空気にシフトしました。
自分の中のネガティブな感情を娘自身が受け入れ、自分と向き合うことをサポートしてあげることが必要なのだと思います。
親の焦りや不安をぶつける
現代は共働きの家庭がほとんどです。
母親も仕事をしながら、子育てをしています。
「学校に行きたくない」と朝から言われると、焦ります。
その焦りから、子どもに不安をぶつけると
子どもは親の感情を自分の責任だと受け取りかねません。
👉結果、行きたくない+母親を困らせる自分は悪いと二重苦になってしまいます。
これも、私はしていました。

「仕事に遅れるやん。困るって。いい加減にして。」
「お金なくなるよ。〇〇ちゃんのせいで、生活できなくなるから。」
この焦りと不安をぶつけたところで、解決もせず、ただただ娘を傷つけただけでした。
その焦りと怒りは母親の感情であって、
子どもの行きたくない感情とは全く関係がありません。子どもの行き渋りの解決にはならないからです。
受動的な行動にしてはいけない
無理やり学校に行かせても、根本的な行き渋りの解決にはならないと、今の私は考えています。
その考えになったのは、今、娘が診療にかかっている先生が出している本を読み、腑に落ちたからです。
その先生は、受動性と能動性に着目して診療をするようになって、出席できるようになった子が多くなったそうです。
私も完璧にはいまだ理解できてないこともありますが、要は行かせられていくのではなく、学校に行きたいと思う喜びの感情を見つけて、自ら行きたいと選択することができたら、学校にいけるようになるという話でした。
そりゃ、そうだよな。と思いました。
一時は、私も無理やり行かせていることもありました。
仕事に行かなくてはいけない私の都合であったり、周囲の意見や、周囲の目があったからです。
👉結果はうまくいきませんでした。
だまし、だまし学校に連れていき、教室に入った瞬間ダッシュで仕事にいったり。
行き渋る娘をなんとか、車に乗せ学校の校門で無理やり降ろそうとする。泣きじゃくる娘。降りない娘に苛立ち、暴言を吐いてなんとか降ろそうとする。
結果、降りないので車のなかで娘を傷つける言葉を言いまくって、娘の自己肯定感を下げてしまう行動をとっていました。
「行きたくない」と言われた時に親がすること
なぜ、「行きたくない」といっているのか考えること
行きたくないと言われた時に、普通みんな行ってるから行けるでしょ。とか、行かないのは、ただのわがままだと決めつけるのは、避けたいことです。
私は、娘のことをよく観察しました。
なにが嫌なんだろう。
行きたくない原因はなんなんだろうと。
勉強が嫌と言っていた娘ですが、勉強の何が嫌なんだろうとジッと観察するのです。
旦那は、わがままだろうと言っていました。周りにはそんな風にみえるのです。
けど、私は考えることをやめませんでした。
もちろん、甘えている部分はあると思います。けれど、わがままで行かないんだったら、半年も続くことはない。なにか原因があると考えました。
ずっと観察していると、一つの仮説が経ちました。娘の場合は、発達障害が原因であるのではないかと、私の中で仮設が立ちました。
そこから診療につながり、今は原因がはっきりとわかりました。
そうすると、本人を理解することにつながり、サポートできることがあります。
娘の場合、一緒に付き添い登校するをしていたので、学校での様子が見れましたが、高学年で全く学校に行かないと理由ははっきりわからないことがあるかもしれません。
けれど、学校に行かないことをダメだと決めつけるのではなく、行けない理由があるはずだ。なんだろうと考えるだけで、声掛けが変わってくると思うのです。
親子関係が良くなると、ふと自分の気持ちを打ち明けてくれるかもしれないし、信頼関係ができていているので、いい話ができるのではないかと私は思っています。
「行きたくない」原因はなにか、本人が気づくことができる
自分の気持ちを理解する方法として、私は娘と話すときに、ノートと鉛筆と準備して、気持ちをノートに書く方法をとっています。
これは、私ジャーナリングをしているのもあって、気持ちを書き出すことで、自分の考えを整理できていたので、試してみました。
頭で考えていても、書くことで理解が深まることもあると思います。
お互いの感情がいい時にするんですが、学校の何が嫌?と私は質問します。
娘は算数が嫌。と書きます。
なんで、算数が嫌いなの?と聞きます。。
数を数えるのが嫌。と書きます。
なんで、数が数えるのが嫌なのかな?と問いを続けます。
めんどくさい。と書きました。
私は、なるほど、やっぱりADHDの集中力の部分が関係しているな。と再確認ができるし、娘も自分が何が嫌なのか内観できるので、自己理解が進むのです。
これは、私が試してみていいなと思ったやり方なので、是非ためしてみてください♡
子供が自分で自分の行動を決めれるようにサポートする
アドバイスは求められたらする
学校は不安な場所でなく安心できる場所にするためにできるサポート
【行き渋り初期】無理矢理行かせるか休ませるか実際の葛藤
小1の新しい環境に慣れず、朝になると「行きたくない」と泣く娘。
最初のうちは、「無理させるのは逆効果」と思い、休みたい日には仕方なく休ませていました。
そうしたのは、SNSでも“行き渋りの子は休ませていい”という声が多く、あったからです。
休ませて充電させる。そして、充電できたらいけるようになると書いてあったからです。
心のどこかでは、休み癖がつかないかと心配してモヤモヤしてましたし、夫は無理にでも連れて行ったほうがいいという考えでした。
葛藤はありましたが、私の性格上無理に引きずっていかせることはできなかったので、休ませるという選択をしたのです。(夫も言葉ではいうが、実際は無理に連れていけない。)
最初は、休んだことに娘も罪悪感があり午後から登校したりしていました。
しかし、休む日が増えるにつれて、娘は休むことに慣れ、当たり前のようにYouTubeを見るようになりました。
みんなが学校から帰ってきたら、遊びにも行っていました。
学校でのストレスもあるし、遊ばせたほうがいいと思って遊ばせていましたが、「このままでいいのかな…」「学校にいってないのに遊ばせていいのかな…」「休み癖がついたらどうしよう」と不安でいっぱいでした。
② SNSの言葉と現実のギャップに悩む日々
「休んでいい」とSNSでは簡単に書いているが、現実はそんなに単純ではありません。
仕事のある朝、娘が「行きたくない」と泣くたびに、私は遅刻や欠勤の調整に追われ、心がすり減っていきました。
怒ってはいけないと分かっていても、時間と心の余裕がなく、つい声を荒げ怒鳴ってしまう。
「仕事ができないのは、〇〇ちゃんのせい。」「生活ができなくなるでしょ。」「お金がないからもう、どこにも連れて行かない」と娘を責めました。
その後、娘に「ごめんね」と謝る…そんな日が続きました。
余裕をもって優しく対応したい私と、そうはいかない現状で苦しみました。
「この対応でいいの?」「もっと頑張らせるべき?」
仕事に出れない日が続くたびに、焦り追い詰められていきました。

③ 私が出した答え:「ハードルを低くして、少しだけ頑張らせる」
そんなとき、YouTubeで不登校の子を登校させるのに、休ませるだけではいけない。というのを目にしました。社会に出たときに、頑張ることが必要なので頑張ることが必要。ずっと休ませていたら不登校のまま。今の考えは昔の厳しい教育にあるから、休ませていいと言っている。といった内容でした。
たしかに、時代の流れ的に休ませるという情報が多いように思うが、どちらの情報が正しいのか分からなく混乱しました。
けれど、2つの情報を知ったうえで、自分なりに考え私がたどり着いたのは“低いハードル設定”でした。
たとえば、
- 「学校に行けたらOK」
- 「1時間目だけでもでれたらYouTubeみていいよ」
小さな約束を決めて、少しずつ登校へのハードルを下げていきました。
行き渋りがある日は、一人ではいかないので母子登校し、娘が納得するまで授業に付き添いました。
できるだけ、娘が安心できる時間を過ごしました。
ただ、その付き添いが続くと、私自身の負担も大きくなり、イライラが増えていくことも…。
「頑張っているのに、報われない」「これは正解なのか?」と先の見えない不安は募りましたし、自分のメンタルが下がっている時は付き添えず、休んだこともあります。
④ 正解は分からない。それでも、親子で一緒に悩みながら進む
行き渋りには「これが正解」という対応はありません。
子どもも親も、その日の気持ちや体調によって全然違う。
怒ってしまう自分を責めることもありました。
でも、娘もまた「行けない自分」を責めていて、謝ってくる日もあります。
私が怒っているのを察し、「昼から仕事行っていいよ。行かせて。行っていい?」と言われ胸が苦しくもなりました。
そんな日々の中で感じたのは、
正解はわからないけど「子供と一緒に悩み考える事」こそが、きっといちばん大切なのかもしれないということ。
行ける・行けないよりも、親子で安心できる時間を積み重ねるほうが、少しずつ力になっていくのだと思います。
なんで、私の悩むことばっかり、困ることばっかりするんだろう。と思うことが多かったですが、娘も成長とともに、私のことを考えてくれるようになってるなと感じました。
🌼まとめ:「少しだけ頑張る」も立派な一歩
小1の行き渋りは、親にとって本当に心が削られる出来事です。
「休ませてもいい」「無理させないで」という言葉に救われる日もあれば、苦しく感じる日もある。
でも、“完全に休む”か“無理に行かせる”かの2択ではなく、
“少しだけ頑張る”という選択肢があってもいい。
1時間目だけでも、登校班に顔を出すだけでも、
その小さな一歩を親子で積み重ねていくことが、きっと未来への力になると思っています。

